Tuesday, December 15, 2009

我思う、ゆえに我在り

誰でも知っているデカルトの有名な言葉だが、
これは「俺が考えているってことは、俺がいるんだなぁ」
という単純なものではない。
もう少し深い意味を持つ。


この世で、「最も確かなこと」は、何だろう?
この世で、「全く疑う余地のないこと」は、何だろう?

これをデカルトは考えた。


たとえば、目の前にある世界は、本物だろうか?
いやいや、これは幻なのかもしれない。夢なのかもしれない。
だって、夢を見ているとき、これが夢だとは気がつかないではないか。

今、見ているものは、実際には存在しないのかもしれない。
これが夢、幻じゃないと、どうやって証明できるだろう。
そんなことは、原理的に、決してできない。

じゃあ、数学は?学問は?論理は?
いやいや、それが正しいと思うのは、思い込みかもしれない。
だって、夢をみているとき、論理的におかしなことが起きても、
それをおかしいと感じないではないか。

では、やはり「絶対的に正しい」と宣言できるものは 何もないのか?

デカルトは、全てを疑った。
疑って、疑って、疑い続け、
それでも正しいといえるものは何かを根気強く考え続けた。
そしてある日、天啓のような考えがひらめく。

「我々が認識するものは、すべて嘘かもしれない。
 でも、それを疑い続けているものがいるということだけは真」
であると。

たとえ、
「疑っている」ということを疑ったとしても、
やっぱり「何かを疑っている」ことは真なのだ。

たとえ、すべてが夢であっても、
その夢を見て、夢じゃないかと疑っている自分が存在すること
は決して疑えない。

この世のすべてが、信じられないものであろうとも、
それを『疑っている何者かが存在すること』は、絶対的な真実なのだ。

これが「我思う、ゆえに我在り」という言葉の本質的な意味である。
デカルトは、この言葉を「決して疑えない確かな真実」として、
哲学の第一原理にすえたのである。
近代哲学は、デカルトから始まる。


I thought this was very fascinating and meaningful, so I'm posting it here.

It's based on a famous quote from Descartes: "I think, therefore I am" and it's background.

In essence, Descartes spent his whole life doubting everything in this world. He wondered what was real in this world because everything we are seeing might actually be a lie - afterall, when we are dreaming, we don't realise we are dreaming until we wake up.

Later on in his life, he stumbled upon a revealation that nothing is true in this world, but the fact that nothing is true. Oxymoronic, but true. Like nothing is certain in this world, but death. Something to that effect.

Therefore, it's an absolute truth that we do exist, even if we doubt what we see. Our very existence is a fact that cannot be doubted.

Therefore, "I think, therefore I am".

>Hmm.. food for thought.

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